乳がん闘病記⑥-告知までの経緯【3】

(大阪府大阪市の空  By  S.U)

そして、今後長い間お世話になる、H先生との初対面です。わざわざ、昼休みを削って診て頂き、お会いする前から、申し訳ない気持ちでいっぱいてした。

ご紹介頂いたM先生から、H先生の乳腺外科医としてのキャリアは伺っていたので、畏れ多い感じをイメージしていたのですが、大変柔和な感じで、素敵な先生でした。

そして、一般的な乳がんの検査(触診、超音波、マンモグラフィー)を一通りやって頂き、その後、H先生は、「今日、お時間ありますか?午後の予約の診察が終わった後になりますが、更に、詳しい検査をしたいのですが。」とおっしゃいました。

私は、その時、{やはり、何かあるのか、、、しかし、H先生、予約ないのに、さらに、お時間割いて頂き、本当にありがたい。}と思いながら、検査を受ける事になりました。

H先生から、「右胸に気になる箇所があるので、そこの細胞を採取して、生検に出します。」と説明がありました。「え?あの、区の検診では、左胸上部と言われたのですが、、」と言ってみましたが、「左胸の物は、良性の小さな乳腺腫なので問題ありません。問題は右胸です。」と。

{でも、右胸に良く言われるパチンコ玉みたいな、しこりなんて、感じないけど、、}と、思いましたが、実は、私の右胸は、母乳をあげ終わった頃(10数年前)から、胸全体が固くなっていました。その後、何回か乳がん検診をしていますが、これは、石灰化した状態なので大丈夫、と言われていたので、固くなっていたことを気にしていませんでした。

(つづく)