デミのがん体験記 (7)「気づき」そして「手術を決意!」

(長野県千曲市の空 By H.H)

2019年12月、コロナが世間を騒がせ始めた頃、腎臓の腫瘍は明らかに大きくなってきましたが、感染が怖すぎて検査に行く事さえ躊躇し、恐怖の日々を過ごしていました。
腎臓は「恐れ・驚き」の感情に関連しますが、この時感じた「コロナに感染したらどうしよう!」という最大級の恐れに加え、微量ではありましたが数ヶ月に一度忘れた頃に血尿があり「もうダメかも…」と一瞬「死」が頭をよぎる一方で、「大丈夫、私は死なない!」という根拠のない確信があったのも事実です。
家に引きこもる時間が続き、嫌でも自分と向き合ううち、「私は、ブリキで出来た伽藍堂の身体に出来たがんという凹みを埋めようと、手当たり次第に詰め物をしていたのだ!」と気づきました。詰め物はやがて剥がれ落ちます。凹みを穴埋めするのではなく、内面から自らの力で凹みを押し上げ、平らにし、血を通わせなければならなかったのです。
期待と不安と焦りが入り交じった時間を費やすうち、いつしか周りにばかり答えを求め、肝心の心や魂を置き去りにしていました。「答えは自分の中にある」とやっと気づいたと同時に「もう手遅れかも…」と再び死を意識し始めた頃の6月16日の朝、母方の祖父が夢に出て私の旧姓を呼ぶのです。「はい!」と大声で返事をすると「間に合って良かった!」とニコニコしています。
目覚めても「何が間に合ったのかな?」と分からずにいましたが、それから9日後の25日に血尿があり、27日には今までとは違い黒ずんだ大量の血尿が出たのを境に病状が急変。発熱、背中の痛み、腎臓の痛みが強くなり、ベッドに入っても痛みで眠れず「お母さん、助けて~」と、まるで幼子のように天国の母に助けを求め泣きました。
熱も痛みもどんどん強くなり、土日で病院が休みのため薬局で解熱鎮痛剤を買い服用しましたが痛みは治まらず、とうとう私は手術せざるを得ない状況を飲み込みました。

休み明け6月29日に病院へ駆け込み主治医に手術を受ける意思を伝えると、私の顔を2度見して「えっ!手術するの?」と驚かれたご様子。「先生、ごめんなさい。我が儘を許して頂いたのに、『奇跡』は起きませんでした」と肩を落とすと、「5年も経って、今生きていることが『奇跡』です!」と主治医はおっしゃり、手術の予約をドタキャンした上、フィリピンでの心霊治療も快諾し、ろくな検査もせず彷徨っていた私を拒否することもなく、カレンダーを横目に「じゃあ、手術いつにする?」と、この日早速MRI検査と血液検査を入れ、CT検査の予約を入れて下さいました。
「あ~もう頑張らなくていいんだ…」MRI検査の騒音が響く中、手術を決めた私は5年間背負ってきた重たい荷物を下し、「奇跡起こしの呪縛」から解放され、安堵のため息をついたのでした。
(つづく)