デミのがん体験記(9)気づき

(千葉県柏市の空 By H.K)

5年間のタイムロスを取り返すかの様に次々と検査が進められ、検査結果が映し出されたPCの画面にむかったまま、主治医は「(腎臓の)裏まで手が入るかな~」と手指を動かし手術のシミュレーションをしているではありませんか。「5年前もこうして手術の準備を進めて下さったんだ!」主治医と手術チームのメンバーが準備に費やして下さった労力と時間を奪ってしまっていた事を深く反省すると同時に、何を咎めるわけでも無く治療を再開して下さった主治医に「あー、この先生で良かった!」と信頼を更に揺るぎないものしたのです。

検査を終え帰宅し、再度姉に電話をすると「クリニックはもう閉院してるよ」と言われ、改めてホームページを見直したところ、その電話の主「小倉左羅」さんこそ「サラ先生」ご本人だったのです。
もし閉院に気付いていたら電話はかけなかったかもしれません。サラ先生ご本人と直接連絡が取れた事で、自分の中で流れが変わり何かが始まる予感を確信した私は、心配ばかりかけていた姉に「お姉ちゃん、これからパズルのピースを埋めるように色々な情報が入って来るから大丈夫だよ!」と久しぶりにウキウキした気持ちで伝えました。

約束の18時半までベッドで疲れた身体を休め目を閉じると「何で私はこんなにも手術を拒んで来たのだろう…抗がん剤で苦しむ主人の闘病する姿を見過ぎたから?私が生きるべき道は違っていた?何がいけなかったの?」頭の中を色々な思いがぐるぐると回り始め、つかの間の眠りへと意識が薄れていく中、突然「心に刺さった恐怖心の正体」のイメージが湧き上がり、布団を撥ね除け何かに突き動かされるようにリビングへ向かいました。
以前受けたヒーリングセッションでぬいぐるみを使った事を思いだした私は、リビングのソファーに置かれた2頭のパンダのぬいぐるみを両親に見立て心に詰まった様々な感情を一気に吐き出したのです。
私が23歳の頃、友人の連帯保証人で返済義務を強いられた父の商売が傾き始め、父は事務所に寝泊まりし帰らぬ日が増え、姉は結婚で家を出て、母と2人の生活が続きました。
私は、なんとか両親を繋ぎ止めたいと思いながらも、母に優しくする事も、向き合うことも出来ずにいました。
「2人が離れちゃうんじゃないかと、ずっと怖かった!いつも一緒にいて欲しかった!!」そんな当時の思いの丈を30年以上も経った今、父と母に見立てた2頭のパンダのぬいぐるみに向かってぶちまけ、何度もぬいぐるみを叩いては抱きしめ、部屋中に響き渡る大きな声で子供のように泣き続けました。
腎臓はペアの臓器。腎臓と両親が重なり片方の腎臓を引き離せなかったのです。
長い間探していた「自分の中にある答え」を自らの力で導き出した私は、「私は凄い!自分で解決出来た!もっと自信を持っていいんだ!」と今度は自分を抱きしめると、私の中で何かが溶けていきました。

(つづく)